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B.B.KING


CDジャケットが作りたい!

そんな思いでデザイナーになったといっても過言ではない。
(正確に言うとLPジャケットを作りたい、だったが、
すでに業界に入った時にはLPからCDに全て変わってしまったのでそうなる。)

25才の時、まだまだ鼻垂れだった自分にその話がやってきた。

B.B.KINGのジャケットデザインなんだけど、お前やれ!
と上司からの指示。

念願かなって音楽関係の広告代理店に勤められ
毎日のように音楽の仕事に携われて(チラシ、ポスター、POPなどなど)
そんな中でジャケットの話は夢の中の夢のような話である。

よっしぁー、やったーぁ!
でも待てよ、B.B.KINGって誰だろう?

こともあろうか、その頃は音楽のジャンル幅が極度に狭く
ブルースの「ブ」の字も知らない不届きもので、B.B.KINGも知らなかったのだ。

同僚に凄い人だからと色々情報を聞いて失礼のないようにと、いざ、ご対面。
ライブアルバムだったので会場である中野サンプラザに向かう。
そして楽屋に入るとあの大きな方がB.B.KINGだからね、と教えられ
挨拶の時を待つ。

待ち時間、周りを見渡すと
上田正樹、吉田 健、桑田佳祐、吾妻光良、キョン
マルタ、梅津和夫、野呂一生、山岸潤史など
そうそうたる方達が楽屋に集結していた。

そしてその時が来た、向こうからこちらヘ歩いて来たのだ。
緊張しながら、あばれるくんバリに
「よ、よろしく、お願いします!デザイナーの、柳沢です(汗)」
と挨拶をする。
笑顔で返してくれたB.B.KING、ものの数秒で通り過ぎて行く。

緊張しまくりだったが挨拶ができて良かったー、と安堵していたら
そのあとを歩いてきた関係者スタッフが、
今のはマネージャーだよ、と苦笑しながら通り過ぎる。
ドッヒャー!(体系がそっくりだったので)間違ってしまったのだ。

そうこうしているうちに本番ライブがはじまり
挨拶できないままその日は終わってしまったという間抜けなエピソード。
(後にアムステルダムのジャズフェスでもう一度会う機会があり、その時はきちんと挨拶する。)

そのライブの時に撮影された写真で構成された、このCDジャケット。
当時、特色を使う事が自分の中で流行っていて
指輪の部分だけDIC 607を使う、という事で
後刷りだ、先刷りだ、ネガ版がどうのこうのと色校を沢山だして
試行錯誤した事を覚えている。

自分みたいな青二才にこんなチャンスを与えて頂き
本当に貴重で、ありがたい体験でした。

いつまでもこの思い出を誇りにし、
そして大事に生きたいと思います。

安らかにお眠りください。

B.B.KING
(2015年5月4日, 89才で永眠)
「ビハインド・ザ・マスク」の秘密


YMO,坂本龍一

ビハインド・ザ・マスクという曲 

マイケルジャクソンやクラプトンにもカバーされた曲 


この曲を解説していますが 音楽が詳しくない自分ですが 
んーなるほどー思わせる内容。
(ブルーノートって形式があるんだとか) 


でも最後の方で
この曲は 理屈を考えずにできた曲だったと

そこでもなるほどー。

坂本龍一
二度ほどあってますが
凄い方です。

スマイルマーク
 

2o12年1月24日関東に雪が降りました
我が家のスマイルくんにも積雪5cm

スマイルマーク
にこちゃんマーク

正式名称はなんでしょう

このマークには著作権がないそうで
色んなグッズが販売されています

何年前にできたんでしょう

子供の頃からありました

わたしは勝手に
スマイルのお父さん、お母さん、お姉さん、お兄さん、弟 などなど
勝手に親兄弟親戚のキャラを作ったりして楽しんでいました
(その感覚が今の仕事にも生かされてるのかなー)

この顔はほんと和ませますね

笑顔は人を和ませる

笑顔は人を救う

Smile  is The Best !


一発目


なにげに始まった2012年

今年ほど年が変わった気がしない年はない


この世の中にはいろいろな物が存在する

最近は福生から出ない日が多い

歳のせいかインターネットのせいか


そのネットで見つけてしまった

美術作家・深堀隆介さん


凄いです!


この人は別に世の中の人に凄いと言わせる為に描いてはいないと思う


金魚を見てこの美しい金魚が描きたい

という単純な思いで描き始めたと思う



私にとって描きたいものは何だろう?

私にとってデザインしたいものは何だろう?


この一年でそれを探し当てたいと思います。


未来とグラフィックデザイン



時折デザイナーの立場みたいなのを自問自答したりする

本当に必要とされてるのか?


この映像はマイクロソフトが作った未来の世界。
当たり前なのかもしれないが
未来を感じさせるには
グラフィックはかかせないものなのだなーと思った。

基本、何かを表現する、何かを明確に伝えるには必要なもの。

んー、
難しく考えるのはよそう

単純にかっこいい物はかっこいい、
いいものはいい(むかしスネークマンショーでも言ってました/笑)。





ハウス
 

福生には米軍ハウスたる
街の文化遺産に匹敵する建物がある





しかし築60年以上の建物は
無惨にも壊されていくばかり。






ここにある写真はSimona Paleari'sという
女性カメラマンのポートレート。

場所はノルウェー
とっても素敵な写真です。







わたしの家は米軍ハウス
デザイン事務所も米軍ハウス
そして実家は青森の三沢でしたが
そこも米軍ハウスでした。






ハウスを皆が大事にして残っていれば
こんな感じなんだろうなあー。
自然治癒力


自然治癒力(しぜんちゆりょく、spontaneous cure)とは、
人間・動物などの心身全体が生まれながらにして持っている、
ケガや病気を治す力・機能を広くまとめて指す表現。
手術を施したり、人工的な薬物を投与したりしなくても治る機能のこと。
「自己治癒力」とも呼ばれる。
wikipediaより


ガンをも治す自然治癒力。


男性が奇麗な女性を見ると
自然治癒力があがると聞きました。

男性諸君、是非これで自然治癒力をあげましょう(笑)


追伸、これも治癒力あがります。

アメリカ

アメリカって国は
ほんと愉快だ!

この映像はおもちゃっぽく見えるけどリアルな映像。

デカイ会場を使い
派手な演出でお客をあおり
デカイ車でハチャメチャな事をやる。

お客は大盛り上がり!


日本人はストレスを発散するのがヘタなんだなーと思う。

遊びも周りを気にしなきゃきけないし
言いたい事も大きな声も出せない
なんだかんだいって発散しきれてない。
我慢しっぱなし。

遊ぶ時はとことん遊ぶ精神とそれを理解してくれる環境が
日常にあれば最高にいいのになーと常々思います。



アメリカの証券取引場ではクリスマスになると
背広を着てた人たちがサンタの格好で仕事場に立ちます。

この映像を見たとき
なんて素敵なんだ!と
涙がでそうでした。



そんなアメリカンな環境にせめて福生がなってくれるようにと
勝手に日々試行錯誤しています。

スーパーカー
 

1965年青森県三沢生まれ。
小学生のころスーパーカーブームが巻き起こり
マンガ「サーキットの狼」が流行り
わたしもそこにガッチリはまってしまった少年でした。

もちろん田舎では見る事の出来ないスーパーカーは
マンガとプラモデルだけの世界でした。
その中でも大好きだったのがフェラーリBB(上の写真の手前の車)
BBの正式名は

ベルリネッタ・ボクサー。

なんてカッコイイ響きなんでしょう。
もちろん形もカッコいいのですが

このプラモデルは何台も同じのを買ったものです。

今のプラモデルは塗られたモノがあるそうですが
昔は丹念に丹念にタミヤのラッカーを塗ったものです(二度塗りあたりまえ)
上の写真は全体赤ですが下半分が黒になってるものがあり
その赤と黒のコントラストが好きでした。(今でも赤と黒は好きな色ですね)

しかし、40年たっても飽きないデザイン。

もう一台、
今でもため息がでてしまうくらい
素晴らしいデザインのスーパーカーを紹介。




ランボルギニーカウンタックLP500
(上の写真はちょっとちがうのかな、でもカッコいいので掲載)



これですよねー。

よくこれはプラモデルではなくイラストを書きました。
(暇があればLP500をノートなんかに描いていたような)
今でも見ないで絵はけますね。
ちなみにスーパーカーではないですが
「ガキでか」も見ないでけます(笑)

LP500は本のおまけにエンジン音のみが聞けるソノシートレコード
(向こうが透けるペラペラなレコード)があり
それを聞いて痺れてましたね。

今でも耳に残ってます。

堅く、甲高いエンジン音....。



本物は当分買えそうもないから
またプラモデルでも買おうかな。

ヨコハマ
 
先日ヨコハマに行って来た
かなりご無沙汰である。

今回、ヨコハマトリエンナーレ2011が開催されていたので
それを見る事に。

横浜市をあげてのアートフェスティバル
1800円で見応えあります。

その会場のなかで好きな居心地のいいスポットが一ヶ所あった
そこは新港ピアのカフェ。

だだっ広い倉庫の一角におおきなソファーがあり
食事やお酒が飲める。

そこでの景色が最高で
横浜ならではの渋い港や倉庫が眺められるのです。

わたしはTV番組の「私立探偵 濱マイク」が好きで
それは横浜が舞台になっており
その番組のテーマソングがずーっと頭の中を流れていました。
#「くちばしにチェリー」

そしてこのあと濱マイクの探偵事務所があった映画館を見に行ったのですが
(トリエンナーレの一部、黄金町バザールの近くにある)
ライオンズマンションに変わっていました。

この黄金町も独特の雰囲気を持ち
福生に初めて来た時のゾクゾク感を思い出させてくれました。


そしてトリエンナーレを一日満喫し、横浜に宿泊。

次の日は外人墓地と港の見える丘公園へ
途中、昔よく来た元町プールに寄って、一汗流したかったが
水着を持って来てなかったので眺めるだけにし

「ブリキのおもちゃ館」で火照った体を冷やす事にした。


ここは「なんでも鑑定団」に出演している北原照久さんが館長をしてる所。

おもちゃ館はアメリカンハウスのような家で
ここの庭は昔からあこがれで
白い垣根に広い芝生、そして大きな犬を飼っていた。

今回見た時は草ボウボウで
しかも作業着みたいのが干していて残念な感じでした。



しかし今でも大きな庭はあこがれますね。


最後に山下公園に行き海を眺めながら一言。
「ヨコハマ、いかすゼ〜」